日本の産業に流動性を。コンサルタントでは果たせない、「世の中へのインパクト」を求めて。 日本の産業に流動性を。コンサルタントでは果たせない、「世の中へのインパクト」を求めて。

Vol.21

日本の産業に流動性を。コンサルタントでは果たせない、「世の中へのインパクト」を求めて。

リンカーズ株式会社

代表取締役CEO&ファウンダー前田 佳宏氏

大手企業と中小企業の“モノづくり”のマッチングを図るサービス“Linkers(リンカーズ)”を運営するリンカーズ株式会社。日本の産業を変える可能性を大いに秘めたこの企業を立ち上げたのが、コンサルタント出身の前田氏だ。過去の経歴と起業に至った思い、そして目指す姿などについて話をうかがった。
「戦略」だけでは事業は動かない。意味のある仕事がしたい。
入江
前田さんの経歴を拝見させていただくと、大阪大学工学部を卒業後、新卒で京セラにご入社されています。なぜ京セラを就職先として選ばれたのですか。
前田
大学時代、私は経営者の書いた本を読むのが好きで、なかでも京セラの稲盛和夫名誉会長の「成功への情熱」にたいへん感銘を受けました。現在に至るまでもうかれこれ5回は読んでいますが、私はどちらかというと「精神論」に惹かれるほうで、稲盛さんの言葉に私はとても共鳴し、ぜひ京セラで仕事がしたいと思ったのです。京セラに入社後は海外営業部門に配属となり、韓国メーカーを担当。毎週のように韓国に出張し、携帯電話の部品などの営業に奮闘しました。
入江
その後、前田さんは野村総合研究所(NRI)に転職されています。転職を決断されたのは、何か契機があったのでしょうか。
前田
京セラで海外営業に携わるうちに、徐々に自分が担っている海外営業という機能は必要ないのではないかと感じるようになりました。現地に日本語が話せる人間がいて、工場とダイレクトにやりとりすれば問題ない。海外営業が介在することで、かえって情報が曲げられたり劣化したりする。業務に慣れるにつれて自分の役割に疑問を抱くようになり、それで転職を考えるようになりました。もともと私は社会に出た時から「世の中に大きなインパクトを与えたい」という思いを抱いていて、それがかなう場として、事業戦略を練って企業を変革していくコンサルティングファームに興味を持ちました。なかでもNRIを選んだのは、お会いした方がみなさん非常に優秀だったことと、やはり国内では知名度が高く、業種を問わずいろいろな企業に関われると考えたからです。
入江
NRIでは、どのような案件を手がけられたのですか。
前田
NRIには6年ほど在籍し、最初の4年間は主に製造業の事業戦略の策定に関わりましたが、そこで得た結論は、戦略を練ることはできても、それを実現するのはきわめて難しいということ。NRIでは“GISOV(Goal/Issue/Solution/Operation/Value)”というフレームワークでコンサルティングを展開していましたが、“GIS”、すなわちゴール設定~課題発掘~解決策立案までは戦略コンサルタントが一人で担えるものの、“O”、つまり事業化の段になり、ステークホルダーが絡むと難度が一気に上がる。結局、企業にはそれぞれルールがあり、ギブ・アンド・テイクのバランスが取れないと人が動かないということをあらためて認識しました。
入江
戦略コンサルタントが果たす役割に限界を感じられたということなのでしょうか。
前田
これは私見ですが、クライアントがコンサルタントを使うのは、上層部を説得するための材料集めのために過ぎないのではないかと。結局、コンサルタントが価値を提供できるのは「市場調査」であって「事業戦略」ではない。4年間でそう見切って、私としてはやはり意味のあることをやりたいと、会社に希望を出して太陽光発電事業に関する買収を専門に手がけることにしました。ちょうどエネルギー業界が変革するタイミングで社会的に意義があると感じましたし、やるからには川上の素材から川下のシステムエンジニアリングまで一貫して関わって、きちんと事業化するところまでコミットしたい。なかでも私が手がけたかったのはM&A。企業を買収すると必ず“O”が絡んでくるので、本当に社会に対して価値のあることを実現できると考えたのです。この太陽光発電事業のコンサルティング案件では、市場調査から始まってM&Aの戦略立案、そしてファイナンスからトランザクションまで、すべてを担いました。

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太陽光発電事業に関わって感じた、日本の産業界全体が抱える課題。
入江
コンサルタントとしてキャリアを重ねていた前田さんが、起業に踏み切られたのはどのような経緯からですか。
前田
NRIで太陽光発電事業に関わっていた時、そこで業界内で流動性がまったくないことに気づき、強く問題意識を抱くようになりました。たとえば川上の素材やモジュールのメーカーは、川下のシステムのことやファイナンスのことにまったく通じていない。太陽電池とモニタリングのシステムを組み合わせれば、最適な発電ができる優れたソリューションが実現できるのに、川上と川下の間に人材の流動性がないのでそれが果たせない。結局、単に太陽電池単体を売るだけで付加価値が出ない状況に陥っている。次第に、これは太陽光発電業界だけの課題ではなく、日本の産業全体が抱える課題ではないかと感じるようになったのです。
入江
確かに、日本は欧米に比べて人材の流動性が乏しいように思います。
前田
そうなんです。アメリカなどは、バリューチェーンの中で情報が行き交っていて、川上から川下へ転職する人材も多く、全体が最適化されているんですね。たとえば、太陽電池を製造しているメーカーが自らプラントの運営に乗り出し、売電してリターンを得るのも当たり前。どこのバリューチェーンが儲かるのかがきちんと見極められている。そうした点ではやはり日本は遅れていると思います。昨今注目されているIoT(モノのインターネット)もそう。この分野でも進んでいるのはアメリカとドイツであり、日本は遅れている。それはバリューチェーンが閉鎖的だからで、モノの人はモノ、システムの人はシステムにとらわれていて、そこに流動性がないのです。
入江
コンサルタント時代に感じたそうした問題意識が、前田さんを起業に導いたと。
前田
ええ。学生時代から「起業したい」という志はありましたし、先ほどもお話ししましたように、私は「世の中に大きなインパクトを与えたい」と常に考えている人間なので、これはぜひ自らの手で日本の産業に流動性をもたらしたいと、このリンカーズを立ち上げました。
入江
リンカーズを設立されてから、これまでどのような取り組みを行われてきたのですか。
前田
まず日本の産業の流動性を高めるために、さまざまな業界のバリューチェーンをオープンにしようと、300ほどの業界のバリューチェーンを調査分析して「見える化」しました。そしてSNSを開設し、バリューチェーン内の人材のコミュニケーションの活性化を図ろうとしたのですが、これはうまくいきませんでした。そこで、人でなく企業の技術をここに登録してもらえば、面白いマッチングができるのではないかと考え、中小企業向けのBtoBの WEB上の展示会場“eEXPO”を企画。個人的にも東北地方の震災復興支援に携わりたいという思いがありましたので、それを携えて東北経済連合会に飛び込みでアプローチしたのです。先方にも気に入っていただき、1年ぐらいかけて東北地方の500社ほどを訪問して登録していただきました。
入江
起業後は順調でしたか?
前田
いえ、この“eEXPO”もなかなかマネタイズが難しく、しばらくは苦労しましたね。1年半ぐらい、暗いトンネルの中をさまよい続けていました。
入江
そうした苦しい時期をどう突破されてこられたのでしょう。
前田
常に悩み続けて、諦めずにやる。それに尽きますね。私は付加価値のない仕事をするのが本当に嫌で、他人と同じ仕事をするのが許せない体質なのです(笑)。「日本の産業を変えたい」というGoalは明確でしたから、そこに向かうためのIssueは何かを絶えず懸命に考え続けました。Issueが適当だと、価値のあるSolutionには結びつきませんから。

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コンサルタント経験を活かし、世の中を変えるプラットフォームを創る。
入江
そうして、Issueを考え続けた前田さんが辿りついたSolutionが、ビジネスマッチングプラットフォームの“Linkers”なのですね。
前田
ええ。日本の産業界の課題を探った時、商品企画に成功してもそれが量産に至るケースがきわめて少ないということに気づきました。大手企業でさえ率にすると5%ほどに過ぎない。なぜかと言えば、アイデアを形にするための最適なパートナーが見つからないから。たとえば、全国にモノづくり企業はいま46万社ほどありますが、大手企業が難度の高い開発商品を企画し、それを担える板金加工メーカーを探そうとしても、条件にぴたりと合う企業はほんの数社しか存在しないことがほとんどです。そうしたモノづくりのパートナーというのは、ネット検索や展示会ではまず巡りあえない。ならば、そうした全国のモノづくり企業が持つ技術を網羅してオープンにし、そこでマッチングが図れる場を設けたいと考えたのですが、実際に500社ほど回って話を持ちかけてみると、ほとんどの企業が「技術が盗まれるから」とオープンにすることを拒むんですね。
入江
なるほど、中小企業に技術をオープンにしてもらうのは難しいと。そうした壁を前田さんはどう乗り越えられたのですか。
前田
私が注目したのは、各地域の中小企業の経営支援や営業支援に携わり、長年にわたって信頼を築いている、各地の産業支援機関や大学の専門家人材の方々。そうした地元の企業を熟知しているコーディネーターを介して、パートナーとなる優秀な中小企業を発掘していく仕組みを構築し、クローズドなネットワークの中でマッチングを図ればいいのではないかと考え、立ち上げたサイトが“Linkers”なのです。
入江
世間からの“Linkers”に対する反応はいかがですか。
前田
この“Linkers”は、発注者で大手企業、受注者である中小企業、そしてその間に立つコーディネーターと、ステークホルダーすべてにメリットがあるプラットフォームで、まだ立ち上げて1年ほどですが、すでに100件に及ぶマッチングを成功。最近では海外企業からも「日本で開発パートナーを探したい」というオファーが寄せられています。数年後にはコーディネーターが持つ中小企業に関する知見をデータベース化し、人工知能を用いて大企業と中小企業が自動的にマッチングを図れるシステムも実現したいとも考えています。そうすれば世の中にインパクトをもたらすようなイノベーションが次々と生まれてくるでしょうし、また、ゆくゆくはこの“Linkers”で発掘された選りすぐりの中小企業を束ね、いわば「日本モノづくり株式会社」として海外に売り込んでいきたい。世界企業から「ここに頼むと何でもできる」という評価を得て、実績が上がっていけば「地方の強い中小企業」の周辺にも波及し、地域全体の経済が活性化していく。それこそ真の地方創生につながっていくのだと思っています。
入江
本当に素晴らしいビジョンを掲げていらっしゃると感じます。いまこうして事業が軌道に乗りつつある前田さんですが、かつてのコンサルタント時代の経験は活かされていますか。
前田
私はコンサルタントの仕事に対して否定的な発言をしましたが、コンサルタント時代に得た経験はとても重要だと感じています。ロジカルシンキングなども前職で徹底的に鍛えられましたし、さきほど触れた“GISOV”というフレームワークも私のベースになっています。いまは“O”はもちろんのこと、その先の“V(Value)”まできちんと意識し、“GISOV”が当社の基本になっています。メンバーのマネジメントもこのフレームワークに則っています。
入江
コンサルタント出身者は「起業」できる力を十分に有しているということですね。
前田
コンサルタントのみなさんの中には、「世の中に大きなインパクトを与えたい」「日本をより良く変えたい」という思いを持っている方がおそらくたくさんいらっしゃるのではないかと思います。コンサルタントいうのは、社会抱える課題をリアルに実感できるポジションにあります。私自身も、起業の種をコンサルタント時代に見つけました。仕事をするからには、世の中に付加価値を与えないと意味はないと思いますし、そもそもつまらない。コンサルタント出身者はもっともっと起業すべきだと私は思いますし、高い問題意識を持って世の中を変えるプラットフォームを創り出していく、そんな事業家が一人でも多く誕生してほしいですね。

※インタビュー内容、企業情報等はすべて取材当時のものです。

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