Vol.68
大企業と共創して、ALL JAPANで水産業の未来を変えていく。 「養殖の魚が美味しい」と言われる世界を目指して。
リージョナルフィッシュ株式会社
代表取締役社長CEO梅川忠典氏
経営企画部 部長岩井愛可氏
公開日:2023.03.30
インタビュアー
入江
ゲノム編集技術を用いた品種改良×スマート養殖技術を組み合わせ、オープンイノベーションで日本の水産業の再興と、水産業を支えてきた地域経済の発展を目指すリージョナルフィッシュ株式会社。同社代表取締役社長CEOの梅川忠典氏と経営企画部・部長の岩井愛可氏に、これまでのキャリアの変遷や同社のビジョンや仕事の魅力についてお話を伺った。
魚の品種改良ができれば、日本が世界で戦える産業が創れるのではないか。
- 入江
- まず初めに、お二方のこれまでのキャリアについてお聞かせください。
- 梅川
- 私は、リーマンショックで沈んでいた日本経済のためになる仕事がしたいとの思いから、デロイトトーマツコンサルティングに入社して4年半ほど資源エネルギーセクターで経営コンサルティング業務を経験しました。
当時、日本の会社は技術で勝って経営で負けていると言われていたので、経営の側面で日本経済の発展に貢献したかったのです。ただ、クライアント側が高いコンサル費用を実装フェーズまで継続することは難しく、戦略を立てて終わりというケースが多く、本当に日本企業の役に立っているのだろうかと疑問に思ってました。
そこで、会社を買収し、バリューアップする過程の中で自分が描いた戦略も活かされる、広くは日本経済のためになるだろうと考え、投資ファンドに転職しました。大企業のM&Aに携わる中で、デューデリジェンスをするのですが、日本の技術は中国・台湾・韓国に追いつかれているという結果になることが多かったのです。それならば今ある技術で世界最高峰のもので起業して、稼いだキャッシュを次なる技術に投資していければ世界で戦える会社が創れて、日本経済に貢献できるのではと考えたんです。
私は10~20年後になっても日本が世界で戦える分野の1つは食であり、その中でも魚は世界で一番日本が美味しいと注目していました。そこに、京都大学と近畿大学の技術で魚の品種改良ができるとの話をいただいたのです。「魚の品種から変えていければ、その輸出によって日本から世界で戦える産業が創れるのではないか」と考えるようになり、大学の先生方と共同創業しました。
- 岩井
- 私は新卒でアーサー・ディ・リトルに入社しました。父親が農業の会社を経営していて祖父母は農家という環境で育った中で、一次産業は儲からないなと痛感していて、コンサルティング会社であれば本質的な解決策を上流から考えることができると思いました。
アーサー・ディ・リトルのパートナー陣は「産業のイノベーション」や「社会貢献」に注力している方が多く、在籍していた3年半の間に食品業界や環境・エネルギー業界、農業・養殖業関連など幅広い案件に入らせていただき、非常に楽しくやりがいを持って仕事をできました。
ただ同時に、特に一次産業や環境のような分野において、目の前のクライアントの課題解決を直接的に産業変革に結びつけることの難しさも感じていました。大企業だけではなく、中小企業や地方自治体など他のプレイヤーもしっかり巻き込んで産業全体を盛り上げるのであればそのこと自体を事業とするような会社に身を置いた方がいいのかもしれないなと。その後、クライスの入江さんにご相談したなかで、リージョナルフィッシュを紹介いただきました。
- 入江
- どの領域で起業するかは重要ですよね。他の領域も検討されていたのでしょうか?
- 梅川
- 大学から紹介いただいたのはライフサイエンス系のシーズが多く、大変意義の大きい領域だと思いつつも、自身のケイパビリティと合っているのかなと考えました。例えば、製薬の領域では、資金調達力が特に求められる気がしておりました。
ただ、自分の能力は資金調達に特化したものではなく、コンサルの経験からも特定領域のプロフェッショナルというより広く浅くジェネラリストだなと思ったんです。その点、水産業であれば、どういう魚を誰とどうやって創るのか、価格をどうするかも含めて全部自分でデザインできるので、こちらの領域の方がディープテックの中でも自身のケイパビリティに合っているなと感じて決断しました。
- 入江
- 岩井さんは転職活動をされるなかで、強く決めていた軸・想いなどありますか?
- 岩井
- 一次産業の領域で、「課題が非常に多いと思える産業を変えられる会社かどうか」という観点で見ていました。一次産業と一口にいっても農業や畜産もある中で、水産業では海外でも大きなプレイヤーがいないため、日本のスタートアップでこの課題を解決できるのではないか。また、投資が行われていなくて非常に遅れているが故に、打ち手が多いという意味でも水産業は面白いなと思いました。
例えば水産業へのデジタル機器導入等だけでは、一部は変えられたとしても産業全体を変えることはできない。でも、リージョナルフィッシュなら、その技術を活用した魚の品種改良によって様々な選択肢が生まれ、消費者にもメリットがあり生産者も利益を得られて、企業も投資でき、業界としてもっと盛り上がっていくのではないかと思ったのです。
将来的には、トマトのように魚も用途に応じて様々な品種を選べる世界を創りたい。
- 入江
- 現在、貴社で展開されている事業内容についてお話いただけますか?
- 梅川
- 現在、水産業には、農産業や畜産業の流れを追って、大きく2つのメガトレンドがあります。1つは水産物も農産物や畜産物同様に品種改良が進んでいくということです。従来の品種改良では30年ほどかかるので、ゲノム編集技術を使って2~3年で品種を改良しております。
もう1つは、農業の世界で露地栽培がハウス栽培や野菜工場になり、海面で養殖されていたものが陸上で養殖されるというメガトレンドです。これは環境をコントロールする動きです。海で魚を養殖すると残餌や薬剤が海洋中に放出されて赤潮の原因にもなるのですが、陸上で養殖すれば残餌などは回収でき、環境面でもサステナブルですし、食料安全保障の観点からも、大企業が陸上養殖を進めています。この品種改良と陸上養殖という2つのトレンドを組み合わせた形で事業を展開しています。
ただ、このコンセプトの実現は1社だけでは難しいため、70団体をまとめて大企業や自治体と連携して「ALL JAPAN」でやっていこうと事業を展開しているところです。
- 入江
- 貴社が大企業70団体との連携を実現できているのはなぜなのでしょうか?
- 梅川
- 大企業のライトパーソンにアクセスして、我々の理念を伝えて、一緒にワクワクしていただくことを大事にしております。さらに、それを資本主義のルールに沿って、ドライブしているからです。トップ層の方々にアプローチして、「御社のリソースを使って、弊社と連携すると、いかに水産業を変えられ、SDGsやグリーン戦略にも整合するか」を伝え、「それは面白いね」という形でスタートするように心がけているんです。
こうすると物凄く速いスピードで話が進みます。その上で、実際にドライブしていくためには、資本主義で動いている経済の中で「大企業にとっても我々にとっても経済的なメリットがある」という構造を創りあげることが不可欠です。我々はこれが実践できているので、大企業との連携が進んでいるのだと思います。
- 入江
- 将来的には、どのようなことを成し遂げていきたいとお考えですか?
- 梅川
- 今はまだ「天然物が美味しい」と言われていますが、将来的に「養殖の魚が美味しい」と言われる状態を創り出したい。
「天然のイチゴ」と「栽培のイチゴ」の比較で、「天然のイチゴ」のほうが美味しい!とならないのは、「イチゴ」が品種改良されているからです。魚であっても、品種改良が進めば、養殖の魚が美味しいとなるはずです。
そのため、「品種を創る」「サステナブルに創る」「ブランディングして世に出す」ことを国内でやりつつ、海外マーケットも見据えて展開していくことを考えています。トマトであればミニトマトやフルーツトマトがあり、GABAやリコピンが多いなど色々選べるのに、マダイはマダイなんです。今後はマダイも「脂が乗っている」「DHAが多い」「柔らかくて加熱向き」「身が引き締まっていて刺身向き」など、多様な品種があっても良いはずだと思っています。10~20年後には、1つの魚種でも多くの選択肢を食卓に届けられる世界が実現できていると良いです。
- 入江
- 素晴らしいですね。岩井さんは入社されてみて、今のお仕事はいかがですか?
- 岩井
- 自分たちのアクション次第で将来の水産業を盛り上げていけると思えるワクワク感が大きいですね。また、梅川が他企業との協業のパイプラインを持ってくれているので、協業先の企業の強みと我々の強みを活かしながらWin-Winの関係を築き、持続的なビジネスに繋げていけるよう自分たちで実行に携わることができる点がとても面白いです。
それから、コンサルの経験は、特に大企業と共創する上で非常に活きていると思います。大企業がどういう悩みを持っていて、彼らの強みが何であり、外部環境がこうだからこれをやっていくべきという提案をコンサルタントとして様々な会社に対して10数回以上は経験してきたので、今回のパターンはこれというのが大体掴めるようになりました。
私が入社した時期はシリーズBの資金調達を行って資本提携企業との事業連携に着手し始めたタイミングでしたが、過去の経験則に基づいて大企業とコミュニケーションを取って連携していく上で、さほどハードルを感じることなく進めることができたと思います。
求めたいのは、リージョナルフィッシュに自分がいる理由と、他領域の人へのリスペクト。
- 入江
- 貴社で活躍いただける人材というのは、どのような方だと思われますか?
- 岩井
- 当社には、自分がこの会社にいる理由を明確に持ち、「この領域はプロフェッショナルとして任されているから」と頑張っている人たちが多いので、「自分はここでこれをやっていくんだ」という腹落ち感を持って推進していける方が良いと思います。
「注目されているスタートアップだから入りたい」「成長したい」等の動機だけでは、ハードシングスも多い中でモチベーションが続かない気がします。柔軟性、適応力も必要かもしれない。今週決めたことが来週変わることも多いので、「自分はこれしかやらない」という人は合わないと思います。「今回はこれでやってみて、もし違ったらこうすればいい」と思える前向きな思考が必要かと思います。
また、違う領域の人に対する尊敬の心を持って欲しいです。当社には研究員も養殖員もビジネスメンバーもいれば、私のようなコンサルや銀行出身者もいて、多様なバックグラウンドの人が集まっています。自分たちの領域は分かるけれども、他の領域の人のことは分からないというときに、他の人がやっていることに対する尊敬の心が無いと1つにまとまって動いていけないなと強く感じています。
- 梅川
- やはりビジョンへの共感が一番大事です。人生を通して絶対やりたいと思える何かが明確にある人は起業した方が良いと思いますが、一般的には「こういうことをやりたいんだけど、具体的な何かが無いんだよな」という人たちが多いように思います。
最初に創業者が描いた想いが投資家たちを惹きつけてお金を集め、それに共感した仲間達が集まってくれてそのビジョンを皆で追いかけて、企業価値を高めていく、これはスタートアップならではの本当に素敵な構造だと思います。世界を変えるのはインパクトも大きい分、リスクも大きいものなので、ハードシングスも楽しみながらビジョンに共感しつつ、「私はビジョンのうちのこれをやりたいんだ」と思える人が良いなと思います。
- 入江
- 最後に、ぜひポストコンサルの方へ向けたキャリアメッセージをお願いします。
- 梅川
- 私自身の体験で言えば、「コンサルって何のプロなんだろう」ということが分からなくなったんですね。自分たちが何でクライアント企業の問題解決支援をやっているのかと考えると、そのクライアントのためであることは間違いないのですが、今の資本主義の中では究極の目的としては「企業価値の向上」があり、そこに対して自分たちがどうアプローチしているのかという視点をつい見失いがちです。企業価値の向上を一瞬忘れて、目の前の問題解決だけに特化してしまうのだと思います。
ポストコンサルの方が次の転職を考える際には、なぜそれをやろうとしていたのか、上位の概念を考えられる環境へ転職することをお勧めします。私の場合は、コンサルからファンドに行った経験によって企業価値を強く理解できましたし、起業した際にも「ビジョン達成するために、企業価値を上げていく前提がある」という考え方に落とし込めたのだと思います。当社でも、我々は企業価値を上げて資金調達を増やすことで、優秀な人材がジョインしてくれて次なる目標達成を実現して更に企業価値が向上するという、正のループをしっかり回していこうという考え方を持っています。
- 岩井
- コンサルタントの方は、プロジェクトが忙しい中でなかなか自身のキャリアを振り返る時間が無いかと思いますが、「自分が何をしていた時にワクワクしていたかな」と振り返っていただくと、コンサルタントを続けるのか、キャリアを変えるのかを考えられると思うので、ぜひご自身のワクワクを見直す機会が持てると良いのではと思います。
また、私は最終面接で梅川に「何のプロだと思われますか」と聞かれた時に答えられなかったんです。「資料作成かな?」とか、「新規事業立案は確かに数多くやったな」というのはあったのですが(笑)。梅川の場合コンサル経験がありましたが、一般的に事業会社のトップの方はコンサルタントが何をできるか分からないと思うんです。私は自身の転職活動を通じて、コンサル経験者とそうでない方とのギャップは思ったより大きいなと感じたので、相手に分かる形で言語化できるよう自分のスキルや経験を棚卸ししておくことが重要かと思います。
構成:神田 昭子
撮影:波多野 匠
※インタビュー内容、企業情報等はすべて取材当時のものです。