総合商社から起業することを目指してDIへ 海外拠点の代表に就任し、「日本の強み」のグローバル化に挑む 総合商社から起業することを目指してDIへ 海外拠点の代表に就任し、「日本の強み」のグローバル化に挑む

Vol.06

総合商社から起業することを目指してDIへ

株式会社ドリームインキュベータ

得爱(上海)企业管理咨询有限公司 董事兼総経理石川 雅仁氏

「世の中を変える」構想をつくる
入江
マネジャーになって、どんなことで苦労されたのですか。
石川
当社ではコンサルタントをビジネスプロデューサーと呼んでいますが、その職位の延長線上にマネジャーの仕事はありません。マネジャーの仕事ではアウトプット、チーム、クライアントの3つのマネジメントが重要と言われていて、アウトプットのマネジメントは力のあるビジネスプロデューサーなら何とかできるようになります。しかし、チームのマネジメントを私はうまくできなかったんです。プロジェクトは初動の段階でマネジャーがしっかり設計し、チームメンバーへの指示や役割分担をしっかりできるとプロジェクトがスムーズに進む確率が高まります。しかし私は当時、初動があまり早くなく、最後に帳尻を合わせるタイプだったので、そういうことが得意ではなかったんです。下手な指示を出すとチームが全滅してしまうという重責もありますし、非常に苦労しました。
入江
クライアントのマネジメントという点ではいかがでしたか。
石川
マネジャーはクライアントの期待値を理解しながら、付加価値を感じてもらえるようアウトプットを出していかなければなりません。しかしクライアントの求める方向性と、自分たちが出すアウトプットの方向性のすり合わせに不完全なところがありました。そこはマネジャーの上にいるオフィサーと呼ばれる人たちがフォローしてくれるのですが、理想としてはプロジェクトのデリバリーはマネジャーに任せ、オフィサーはクライアントにとって次にどんなプロジェクトが必要かを考えることに知恵を注ぐべきなのです。しかし私がマネジャーのときはその形がしっかりできておらず、オフィサーに負担をかけてしまっていました。
入江
マネジャーになってぶち当たった初めての壁。どうやって乗り越えましたか。
石川
結局のところ、私は正攻法では乗り越えられなかったのだと思います。そこでの転機は、退職を悩んでいた苦しい時期に経済産業省と連携したプロジェクトにアサインされたことです。私は「これがドリームインキュベータで最後の仕事だ」と思い、死ぬ気になって取り組みました。結果としてそれがうまくいったことで「やはりこの会社で頑張ろう」とモチベーションも湧いてきました。
入江
それはどんなプロジェクトだったのですか。
石川
日本には優れた環境・エネルギー関連の技術がありますが、ビジネスとして花が咲かずに終わっているものがたくさんあります。その原因を分析すると、国や日本企業はR&Dには大きな投資をするものの、製品化や量産化のフェーズにあまり資金が投入されていない点に大きな問題がありました。そこで、最初からビジネス化を念頭にR&Dを行う流れをつくりましょうという提言を経済産業省に行ったんです。これがグリーンシティ構想として経済産業省の最重要政策に採用され、その後に豊田市など4都市で実証実験を実施するという流れにもつながっていきました。
入江
まさに起死回生ですね。今や新産業の創造はドリームインキュベータの柱の一つにもなっています。
石川
この経験で、死ぬ気でやればかなりいろいろなことができるのだとわかりました。コンテンツづくりそのものも楽しかったですし、まだ最終的な成果は出ていないのですが、日本のために役立てたという実感も得られました。一般にコンサルタントは企業の課題解決がミッションだと考えられており、おそらく他のコンサルティングファームではそれを取り組んでいると思いますが、そのときに私たちがやったのは新しい産業をつくるという取り組みです。企業を変えるだけではなく、世の中を変える。そんな大きな構想を実際につくれたことは自分にとって大きな転機であり、こういう仕事ができるのならこれまで以上に力を入れてドリームインキュベータで頑張ろうと思いました。

※インタビュー内容、企業情報等はすべて取材当時のものです。

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