総合商社から起業することを目指してDIへ 海外拠点の代表に就任し、「日本の強み」のグローバル化に挑む 総合商社から起業することを目指してDIへ 海外拠点の代表に就任し、「日本の強み」のグローバル化に挑む

Vol.06

総合商社から起業することを目指してDIへ

株式会社ドリームインキュベータ

得爱(上海)企业管理咨询有限公司 董事兼総経理石川 雅仁氏

2000年に設立されたドリームインキュベータは、企業の事業開発に留まらず産業そのものの創造や自らアジア諸国への拠点展開に取り組むなど、従来のコンサルティングファームの概念を超えた進化を続けている。現在、上海事務所の責任者を務める石川雅仁氏はそうした進化を先導する役割を果たしてきた人物である。
大手商社から転職した理由
入江
石川さんはドリームインキュベータに入社する前は、新卒で大手商社に就職されたそうですね。なぜ商社だったのですか。
石川
当時、私は最終的に自分でビジネスを興したいと考えていました。そこで、今からすると非常に甘い考えですが、まず「社会人としてのいろは」、そして自分が経営者になったときのために「会社経営のいろは」を学ばないといけないと思っていたんです。加えて日本に閉じこもる発想が好きではなく、世界を見られる仕事がよいと思い、まずは商社に就職しました。
入江
商社ではどんなビジネスに従事されていましたか。
石川
やっていたことはシンプルで、日本の鉄鋼メーカーから鉄を仕入れ、海外の需要家に販売するという仕事でした。小さな部署だったので、商社に在籍した5年間でほぼ全世界を担当しました。仕事の内容も購買から販売まですべてのプロセスをほぼ一人で任され、売れる・売れないについても自分の責任でしたから、とてもよい経験ができたと思っています。
入江
充実した仕事をされていたのですね。商社に5年間勤務し、そこからドリームインキュベータへ転職をするきっかけは何でしたか。
石川
もともと商社がゴールとは思っていなかったので、どこかのタイミングで外に出たいと思うと同時に、学ばせてもらった分を会社に還元しなければいけないとも考えていました。本当に私が還元できたかどうかは別として、外に出ようと考えるタイミングが5年だった、ということです。転職したのは2004年で、その頃はベンチャー企業のインキュベーションが当社の主な事業でした。私は当時、将来起業するにはベンチャー企業が成長していく過程でどんな課題に直面し、それをどう解決していくのかを責任のある立場で体感することが大事だと思っていたので、その支援をしっかりとした組織と規模でやっていた点が入社の決め手になりました。
入江
他のコンサルティングファームにも応募されたのですか。
石川
一応、応募はしたのですが、私にとって魅力を感じるファームは他にありませんでした。当時も現在もドリームインキュベータと同様の複数事業を1つの事業体で展開している会社は他に存在しません。ですから、他に選択肢はなく「ドリームインキュベータに入れなかったらどうなるの?」という心配もしていたくらいです。事業の幅が広いので、他のファームと比べて能力のストレッチ度合いが大きいというのも魅力でした。
入江
入社されてからはベンチャー企業を担当されたのですか
石川
結果としてほとんどベンチャー企業は担当せず、大企業のコンサルティングを担当する人間として育成されました。入社2年でマネジャーになったのですが、その間に従事した10のプロジェクトのうち、ベンチャー企業は1社だけでした。でも、それは私にとってフラストレーションではなく、むしろ良かったと思っています。大企業のプロジェクトではコンサルティングのベーシックなスキルを学べますが、ベンチャー企業のプロジェクトでは実現力のほうが問われます。結果として自分になかったコンサルティングのスキルを集中的に学べたことは今の自分に活きており、当時、アサインしてくれた上の方にはとても感謝しています。
入江
2年でマネジャー昇進ということも合わせ、順調な滑り出しだったのですね。
石川
確かに最初の2年は、仕事量はかなりのものでしたが、自分なりに要領よくやれました。しかし、マネジャーに昇進してから後が非常に大変だったんです。

※インタビュー内容、企業情報等はすべて取材当時のものです。

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