戦略コンサルタントを経て、国内大手企業の経営陣に参画。自分に足りないものを追い求めた先に、いまのポジションがあった。 戦略コンサルタントを経て、国内大手企業の経営陣に参画。自分に足りないものを追い求めた先に、いまのポジションがあった。

Vol.24

戦略コンサルタントを経て、国内大手企業の経営陣に参画。

株式会社JVCケンウッド

代表取締役 兼 執行役員副社長 兼 CSO 兼 メディアサービス分野COO 兼 企業戦略統括部長田村 誠一氏

コンサルタントが提供できるサービスの幅は、実はあまり広くないと実感。
永田
その後、田村さんはアクセンチュアでどのようなキャリアを積まれたのですか。
田村
3年目に自ら手を挙げて戦略グループに移籍しました。まだ黎明期でしたので、ゼロから戦略コンサルティングサービスを立ち上げていくプロセスそのものに関わることができ、これも有意義でしたね。その後、入社10年を超えたあたりでパートナーに昇格しました。
永田
10年ほどでパートナーのポジションに就かれたというのは、かなりのスピード昇格ですね。
田村
私はコンサルタントとしてキャリアを積むにあたって、特に崇高なビジョンを抱いていたわけではないのですが、やるからには一番になろうという思いは強かったです。同期の中で最初にパートナーになる、というのが私の中では明確なマイルストーンでしたし、事実トップで昇格しました。そのために人一倍努力しましたし、誰よりも熱心に働いた。滅茶苦茶仕事に打ち込みました。月曜朝に出社してから金曜夜に帰宅するまで、合計2時間半しか眠らなかった週もありましたよ。おそらくその頃の同僚だった連中はみな「田村の働き方は異常だった」って言うんじゃないでしょうか(笑)。
永田
そこまで仕事に打ち込まれていたということは、当時は転職などまったくお考えにはならなかったのですか?
田村
いえ、ファームに属するからには当然パートナーを目指すべきだと思っていましたが、でもそれが人生の目標かと言われると、けっしてそうじゃない。実はパートナーになる以前、マネージャーに昇格するあたりから、ファームの外に出ることを意識するようになりました。というのも、戦略コンサルティングは魅力的な仕事ではありましたが、私は新卒でこの世界に入ったので、事業会社でリアルなビジネスを手がけた経験がまったくなかった。このまま30歳過ぎでパートナーになったところで、この程度のキャリアで本当に経営者と対等に話ができるのか?と。だから自ら事業に携わってみたい、という思いは常にありましたね。
永田
事業経営への関心は、その頃からお持ちでらっしゃったのですね。
田村
あともうひとつ、2000年代初頭にITバブルが弾けて景気がいっそう翳り、企業再生ファンドが台頭するにつれて、コンサルティングファームが提供できるサービスの幅は実はあまり広くないのではないかと感じるようになりました。我々が手がけるトップマネジメントへのコンサルティングは超高付加価値で意義のある仕事だと思いますが、戦略というひとつの切り口だけであり、事業経営すべてをカバーできるわけではない。たとえば、経営においてファイナンスは欠かせない要素ですが、当時の我々はその面からアプローチする機会は非常に少なかったですし、バランスシートにメスを入れることも稀でした。しかし事業を営む上ではそこもきわめて重要。コンサルタントの立場では、自らが投資をする、あるいは株主として事業に関わることがないので、そうした知見がなかなか得られない。だから違う世界も経験したいという思いはあったのですが、結局、アクセンチュアで18年過ごすことになって……。
永田
長らくファームをお辞めにならなかったのは、ご自身が望むような機会になかなか巡りあえなかったということですか?
田村
そうですね。確かに魅力的な機会があまりなかったのも事実ですし、あと、ファームというのはよくできたシステムで、頑張っていると2年ぐらいで出世して、新しいチャレンジができるんです(笑)。もともと「やるからにはその分野でトップになりたい」という性分でしたし、そうしたシステムに乗せられて、結局エグゼクティブパートナーにまでなってしまいました。

※インタビュー内容、企業情報等はすべて取材当時のものです。

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